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レポート

【稽古場レポート|竹田真理】トライアル・ダンス公演『 未見美(Mi-Mi-Bi)』

 

▶︎トライアル公演の概要はこちらから

 

障害者によるダンスは今日多くの場で展開されている。2021年東京パラリンピックの開閉会式でさまざまな障害をもつダンサーが印象深いパフォーマンスを行ったことは記憶に新しい。現在、活動の領域は医療、福祉、教育へと広がりを見せ、療育的な目的で行われるもの、コミュニティダンスの一環として実施されるもの、公正な社会とダイバーシティの実現を目指すものなどアプローチも様々だ。

鑑賞する側にとって障害者のダンスを見る機会の多くはワークショップの成果発表や、プロのダンスアーティストによる作品への出演といったケースが多い。そうした中、障害を持つダンサーが自ら振付を行い発表するのがトライアル・ダンス公演『未知なる見たことのない美しさ』(略して未見美)だ。このテーマ設定には障害のあるダンサーを、創造性をもったひとりのアーティストとして受け止める芸術的見地からの発想がうかがえる。

主催するNPO法人ダンスボックスは1996年の発足以来、「循環プロジェクト」をはじめ障害者のための/によるダンス事業を数多く企画・制作してきた。その経験のうえに企画された今回のトライアル公演は、障害者のダンスが今、何に取り組むことが未来に資することになるかについて、現場から見える具体的な課題と今後へ向けた指針として、広く各方面に問い掛けながら提案するものと考えてよいだろう。


 

ではその課題への取り組みと指針は実際にどのように形となり実践されたのか。2月5日・6日の公演日に向けて昨年12月からクリエーションは始まった。その過程を含めた企画の全体像を伝えるべく、途中2回ほど立ち会った稽古の現場と本番の舞台の様子をレポートする。

 


 

●2022年1月10日 稽古取材  於:ArtTheater dB KOBE

 この日は稽古の初期の段階で初めて出演者が一堂に会する機会で、ここまで作ってきた作品をお互いに見せ合うことになっている。会場に入ると、ArtTheater dB のステージ上で車椅子に乗った二人のダンサーがデュエットの練習をしており、ステージ下の観客席側フロアでは3組のチームが音楽を聴いたり、意見を交わしたりしながら創作している。うち一組には手話通訳者が加わっており、他の一組は協働メンバーから熱心なアドバイスを受けている。合計4組が会場を分割シェアしながら活発に稽古を進めている。

ここで「協働メンバー」とは出演するダンサーをクリエーション段階からサポートする人々で、手話通訳者の三田宏美さんと久保沢香菜さん、全体の進行を統括するNPO法人ダンスボックスの文さん、創作上のアドバイザー役を務める西岡樹里さん〈『劇団ティクバ+循環プロジェクト』(2009~2012)に出演し障害者と共演した経験がある〉、記録、撮影、SNS対応のほか現場で生じる様々な作業に臨機応変に対応する内田結花さん、そしてNPO法人ダンスボックスのエグゼクティブディレクター大谷燠さん。手話通訳者のほかは全員が現役もしくは経験のあるダンサーである。

 

 

予定時刻が来ると客席フロアに輪になり、まず文さんから「今日は初めて皆で作品を見せ合う日。大枠が出来ている人も、まだ手を付けたばかりの人も、今の状態をお互いに知る日としたい。上演時間が何分ほどの公演になるかも把握したい。お互いにフィードバックを通して行き詰っているところやアドバイスを求めたい点をクリアにしていきましょう(大意)」と挨拶があった。

 

出演者は各人がソロとグループ作品の出演を兼ねている。グループ作品のメンバーの組み合わせは「○○さんと踊りたい」とのオファーをもとに決めたという。この日の4組はいずれもデュオだったが、より人数を増やした作品も予定されている。舞台の経験を積んでいても自ら振付を行うのは初めての人が多いが、今日の時点ですでに非常に心を打つ印象深い場面が見られた。個々の作品については公演本番のレポートに譲るが、障害を克服する対象と見るのではなく、その人の身体のもつ固有の在りようであり拠って立つ基盤と受け止めることで、生まれる表現があるのだと知った。またろう者とそうでない人とのデュオでも、手指や腕の細やかな動きを使ってみずみずしい感情が繊細に描かれ、手話通訳を介しての創作が決してコミュニケーションの壁とはならず、むしろ思考や欲求を精査するのかもしれないと推察された。

 

4つのグループ作品と6つのソロ作品の通しを終え、フィードバックに移る。文さんの進行のもと、一作品ごとに自由に意見や感想を述べ合う形で検討が進められる。演出家を置かない本企画ではダンサー、協働メンバーがみな対等の関係にあり、互いに活発に意見を交わし、濃密なやり取りがなされる。観客として感想を抱く経験とはまた違った、現場ならではの見方や言葉に溢れており、障害者のダンスであるがゆえの配慮の必要に気付かされる意見や、ダンス表現全般に及ぶ論点も浮上する。忖度のない率直な指摘にはダンサーたちを一アーティストとして尊重する姿勢が感じられ、真摯な議論につながっていたように思われた。

 

一例として、西岡さんから福角(宣)さん+田村さんのデュオへ「作品を通して見せたかったものは何か」と根本的な質問があり、「車椅子から(普通の)椅子に乗り換えるときの移動そのものを見せたい」との返答がされる。西岡さんが「日常的な前半と競技的な後半といった見せ方になるか?」と重ねて問うと、「後半ではスピードを出したり回転を入れたりしたい」と踊り手の中に生まれた詳細なイメージが言葉にされる。これを受けて西岡さんから「舞台上で違う質感が見られると面白いだろう」と方向性が抽出され、二人がこの先何をテーマにクリエーションを進めるかが具体化された。小道具の椅子の扱いについても、モノを扱うのは面白いがそれが椅子である必要はあるか、椅子を使ってもっと何かできないか、椅子にもう一つの意味付けが要るのでは、など、もう一段の掘り下げを求める声が相次いだ。こうした細部への指摘は他チームやソロ作品に対しても聞かれ、

 ・アクションが常に舞台のセンターで行われている

 ・客席との関係が正面性に終始している

 ・指先がどこを指すかで立体的に作ることが出来るはず

など、位置、構成、舞台空間の使い方への工夫を求める意見が頻出した。
音楽との関係についても多くの指摘があり、「音はめ」となりがちな音楽との関係を見直し、「音に踊らされるのではなく自分が音楽を引っ張っていくつもりで」などとアドバイスされた。音楽とダンスは深く結びついた芸術ジャンルだが、その関係を疑うこともコンテンポラリーダンスでは表現となり得るのだ。

音楽については歌詞との関係も重要で、日本語の歌詞の場合、踊りの意味が限定されてしまうことに注意を促す意見が出た。いっぽう大城さんからの発言により、歌詞の意味に表現を付託する場合、ろう者に対し、情報保障を本番でどのように担保するかが課題として浮上した。字幕を投影するか、当日パンフレットに歌詞を載せるか、いくつか案が出され検討することになった。

 

表現の本質にかかわる論点として、振付をどう考えるかについてもやりとりがあった。異なる障害をもつ二人の間でユニゾンをどう動くかに突き当たっているチームがあり、この日は途中から即興で動いたという。「振付に落とし込むと面白くなくなってしまう気がする」と話すダンサーに対し、振付でもユニゾンでも二人それぞれの身体の面白さが出るように細かく振り付けることを考えてよいのでは、と文さん。本プロジェクトは踊る人自身が自らを振り付けることを主眼とするが、グループ作品において互いに納得のいく振付をどう作るか、そもそも共通する身体言語を生み出すことは可能なのか。障害のあるなしにとどまらず、身体をもって表現するダンス芸術にとって根本的な問いに向き合っていることが見て取れる場面だった。

 

通しとフィードバックを通して、本企画では、障害者が振付をして踊ることのみならず、それぞれ異なる障害を持つ人どうし、異なる身体で踊ることがひとつの思考/試行のポイントであることが見えてきた。車椅子で踊るダンスにも、車を操作して走行のバリエーションを見せる人、走行はせず上体の動きに特化して豊かな表現を目指す人、さまざまなアプローチがある。互いに異なる身体をもつダンサーのデュオ、個々の身体において自らを表現しようとするソロ。それぞれに挑戦があるように思われる。障害は個々の身体がもつ諸条件の一つであり個性であるとも言われるが、同時にその人のあり様を大きく規定している。そのことを配慮をもって受け止めている協働メンバーの現場の運び方にも目を見開かされた。たとえば舞台に上がるダンサーの車椅子を客席フロアから引き上げる作業に、誰の声掛けもなしに3人4人と加わり、ダンサーがその都度「お願い」する負荷を感じる必要のないようにものごとが進んでいる。文さんほかダンスボックスが長年取り組んできた障害者との協働の蓄積があり、協働メンバーやサポートする人自身がダンサーであることが、他者の身体と関わり、受け入れ、受けとめる技法の獲得と習熟につながっているのだと推察された。ハンディキャップを持つ人、他の人の援助を必要とする人、非対称な関係に置かれる人と対等、平等の関係を築き、それぞれの生を存分に生きるための場を作る実践が、この場所でたった今、進行中である。

 


 

テキスト|竹田真理 (Takeda Mari)

ダンス批評。関西を拠点にコンテンポラリーダンスを中心とした取材・執筆を行う。毎日新聞大阪本社版、舞台芸術評論紙「Act」ほか一般紙、舞踊専門誌、公演パンフレット、ウェブ媒体等に寄稿。ダンスを社会の動向に照らして考察することに力を注ぐ。国際演劇評論家協会会員。

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こんにちは、共生社会とは

障がいの有無、経済環境や家庭環境、国籍、性別など、一人一人の差異を優劣という物差しではなく独自性ととらえ、幾重にも循環していく関係性を生み出すことを目的としたプロジェクトです。2019年に神戸市長田区で劇場を運営するNPO法人DANCE BOXにより始動しました。舞台芸術を軸に、誰もが豊かに暮らし、芸術文化を楽しみ、表現に向かい合うことのできる社会をめざす、多角的な芸術文化創造活動です。

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