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レポート

[テキストアーカイブ①]オープニング・パフォーマンス~第1部:新長田で<障がい者>と共に歩む活動から

2019.07.07

2019年7月7日(日)に開催したキックオフミーティング「新長田で“共生”について考える 現在→これから」のテキスト記録です。こちらでは、オープニング・パフォーマンス~第1部の内容を掲載します。

 
オープニングパフォーマンス
出演:新長田アートマフィアダンス部
 
第1部
登壇:中元俊介(エコールKOBE)、吉川史浩(Water Ground Mountain)、川本尚美(片山工房)、小國陽佑(芸法)
進行:文(DANCE BOX)
 


 

オープニング・パフォーマンス

 
文:ダンスボックスの文(あや)と申します。どうぞよろしくお願いいたします。本日は主にこの地域で活動されている個性豊かな方々にご登壇いただきます。また、会場にはこのプロジェクトにこの先ご関係いただく方や新長田在住のみなさま、そして、SNSやチラシでビビッと来てお越しいただいたみなさまなど、こちらもまた彩り豊かな方々にお忙しいなか、お集まりいただいております。本日2時から5時半までの長時間にわたるミーティングとなりますが、どうぞ最後までお付き合いください。ミーティングと申しましても、ここは新長田。アートマフィアが生息する地域でございます。ここを外してはなかなか前には進めません。いきなりではございますが、まずはご覧いただきましょう。新長田アートマフィアによります、オープニングパフォーマンスです。
 
アートマフィアによるパフォーマンス

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文: はい、ありがとうございました。いやなんか、精度上がってませんかね(笑)。新長田アートマフィアのみなさんは、神戸市長田区の新長田地域を中心に独自の拠点を運営しながら表現活動を支援する集合体で、出演した皆さんのほかにも客席にもマフィアは潜んでおります。今日は、“オジキ”こと野瀬病院の法人本部長をされております林さん、そちらにおいでなんですけれども、本来は、舞台の真ん中はオジキがとってるんですけれども、負傷につき出演がかなわず、今回は若頭を中心にしたチームで上演させていただきました。ちなみに、マフィアと称しておりますが、本当のマフィアではございません(笑)。さて、第一部ご登壇の方の汗ふきタイムの間にですね、このプロジェクトのこと、すこしお話しさせていただきたいと思います。今年度、ダンスボックスでは、文化庁の「障害者による文化芸術活動推進事業(文化芸術による共生社会の推進を含む)」という事業を受託し、実施しております。このプロジェクトでは、障がいの有無、経済状況や家庭環境、国籍、性別世代など、一人一人の差異を優劣ではなく、独自性ととらえる中、関わる人すべてが、支援する人、される人という関係性ではなく、幾重にも循環していける関係性を目指します。見ながらですいません。慣れないもので。ダンスボックスでは、いわゆる事業としては2007年から2012年くらいまで<循環プロジェクト>、その発展形として、ドイツベルリンの障がいのある人達が参加している劇団Theater Thikwa(シアター・ティクヴァ)との協働事業<Thikwa+Junkan Projekt>など、継続して障がいのあるダンサーや美術家と活動してきました。この新長田に来てからは、長田区の<踊るまち新長田構想>の一環として、高齢者の方に向けたワークショップですとか、近隣の小学校でのダンスコミュニケーションワークショップなど、劇場を出て活動をすることも多くなりました。普段はこの劇場を運営し、コンテンポラリーダンスの公演をプロデュースしているダンスボックスなんですけれども、なぜこういう共生社会を取り上げたプロジェクトをしようとしているのか。それは、やはりこの新長田というまちに私たちが出合い、10年前にこちらに来てから、私たち自身がこのまちに受け入れてもらったという経緯が大きいです。要素が多すぎて「コレ!」という理由をひとつ言い切ることはできないのですけれども、今日のミーティングではそのあたり、このまちの魅力と可能性の全貌が解き明かされるようになるんじゃないかと企んでおります。まぁ、先ほどのダンスが生まれるということが一つの答えというか、一つの大きなことかなという風には思っているんですけれども。本年度は本日のキックオフミーティングを皮切りに、さらなる知見を広げる公開勉強会、そして、実際に体と感覚を使って出会ったことのない体験をしていただくイベントなど、来年の2月ごろまでを第1タームとして、今後展開していく土台作りの1年にしたいと考えています。
 
 

第1部:新長田で<障がい者>と共に歩む活動から

 
文: では、第1部の皆さんお揃いでしょうか。みんないますか、第1部のメンバー? まあ、いる人から行きますか。はい、では始めましょう。第1部は「新長田で障がい者とともに歩む活動から」というテーマです。第1部のみ、私が進行をさせていただきます。よろしくお願いいたします。まずおひとりずつ、私のほうからご紹介させていただきます。向かって右から2人目、NPO法人芸法の小國陽佑さんです。小國さんはNPO法人芸法として、長田区駒ヶ林町に拠点を移し、地域に根差した様々な社会活動を通じて若手アーティストの育成、支援を行っていらっしゃいます。地域の取り組みとしては、「まちなか防災空地」や、駐輪場・防潮堤の整備事業、空き家のリノベーションと展示プログラム、コミュニティプログラムなどもされており、「下町芸術祭」のディレクターでもあります。また、活動拠点となる角野邸はですね、築80年の和洋折衷の近代建築でもあり、アート作品の展示やパフォーマンスにも活用されています。そして小國さんももちろんアートマフィアの一味です。帰宅部だそうです。(会場笑)はい、そして、エコール神戸の中元俊介さん、私の隣にいらっしゃいますけれども、福祉事業型「専攻科」エコールKOBEの副学園長さんです。新長田の駅前の地下にある、特別支援学校とか高等学校を卒業した方が自立した日常生活や社会生活を送れることを目指し、主体的に、豊かに、楽しく学ぶことをモットーにした学園です。で、中元さんは現役のアーティスト、美術のアーティストですね?
 

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中元: はい。
 
文: 汗だくですね。大丈夫でしょうか。
 
文: 中元さんはアーティストでもあるんですけれど、そのエコールKOBEには美術の先生としていられました。で、いま、駒ヶ林に障害のある人たちの作品制作の場所として「アトリエコマ」という場所を、古民家を改築して、作られていたり、一人一人が個性を生かしたエコール新喜劇というのがあるんですけれども、それにご出演もされたり、時に踊ったりされていますね。という、“下町のジョン・レノン”と呼ばれている中元さんです。(会場笑)そして、その隣、アートマフィア“若頭”のワゴムクライミングジムの吉川史浩さん。特別支援学校の保健体育の先生を経て、アウトドアやスポーツ、芸術の専門知識を活かし、自然の中で楽しむ様々なアクティビティを提供する一般社団法人Water Ground Mountain(ウォーター・グラウンド・マウンテン)を2014年に設立されました。「Outdoor for all(アウトドア・フォー・オール)をコンセプトに、専用の車椅子を使って木の上に上るツリーニングや泳ぐ体験など、障がいの有無にかかわらずすべての人の余暇活動の充実に取り組まれています。2017年にはワゴムクライミングジムもオープン。数年前までは中元さんと同じく、エコールKOBEの先生で、そこでのダンスの授業も一緒に、アシスタントとしてですかね、担当されてました。先ほどのアートマフィアとしてのダンスはそこで培われたものかもしれません。めちゃ貫禄がありましたね。
 
吉川: ありがとうございます。
 
文: そして、最後は一番右端におられる片山工房の川本尚美さんです。川本さんは長田区のご出身で、美術の大学を出て、学芸員資格をお持ちとのことで、いまは長田区の駅の上にあります、川西通にある片山工房のスタッフをされています。片山工房は障害福祉サービス、生活介護事業の事業所です。母体は2003年からという、代表の新川(修平)さんはもっと前から活動されているとは思うんですけれども、そういう長い実績を持つ団体で、アートや表現活動が軸ではありますが、本人がしたいことを形にする場、人と表現を考える場ということをとても大事に活動されています。第1部ではこの4名でいろいろお話をしていきたいんですけれども、障がい者とアートについて、吉川さんの場合は、余暇活動に置き換えられるかもしれないですけれども、みなさん、それぞれどんな思いで取り組まれているのか。ざっくりとした質問で申し訳ないんですけど、よろしいでしょうか。
 
中元: はい。ちょっと重いテーマになりがちなところですが、新長田と障がい者、それからアートということで。まあ、僕は絵描きなんで、アートという分野にはなじみがあるんですけど、障がいがある人たちって…なんで「障がいがある」って言われているかといえば、いまの社会のルール、大っきなルールを守って生きていく上で社会生活が不自由だということで、障がいがある人と言ってるんだけど、実際に障がいになっているのは社会のルールの方が障がいで、その人に障がいがあるわけではない。社会そのもの自体が障がいを作り出しているというような。だから、普通と普通じゃないみたいになっちゃうんですけど、でもアートの世界っていうのはどちらかというと、普通じゃないとか、特別であるっていうことが、むしろ、こう、よいこととされている。というとこで、アートという土俵に乗れば、障ががあってもなくっても、高齢でも子供でも、おんなじ土俵でみんな創作活動ができて、楽しめるということかなと思っているんで、僕は、障がいがある人とアーティストが結びつくというのは、そうした垣根がないアートっていう、なんか大きな枠組みだからかなって思っています。…これは、マイク回していくパターン?
 

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吉川: その話を受けてね、はい、ありがとう。僕は、見ていただいたように、スポーツやアウトドアを中心にやってきています。それに人を連れて行って、「うわ、すごーい」「できた!」とか、そういうことを感じていただくのがとっても楽しみなので、そういうのを生業にしていますけれども、このまちでいろいろ関わらせて頂いたときに、アートを見たときとかでも、「うわ、すげぇ」「何コレ?」というような、そういう感動みたいこと、非日常感みたいなのがあるなっていうのを思っていました。で、僕らが提供している自然のなかでダイナミックな遊びをするというときも、やっぱり日常とは違う時間を過ごすことでリフレッシュしたり、明日に向かっていこうっていうエネルギーが生まれたりというような、感覚的なとこはすごく近しいなと思っていて。えっと、いま、アートを生業にしてますとは言えない立場ではありますけれど、同じような感じを感じていただきたいという思いは一緒なのかな、と。まあ、無理やりそういう意味付けをして、仲間に入れていただいているという感覚ですね。
 
小國: 僕はというか、芸法としては、ですけれども、基本的には、芸法の活動は、若手のアーティスト支援のために、まちづくりだったり、地域の課題の解決だったりとかをしているので、障がいのあるなしとかは、そんなに前提としていません。単純に、作家として新進気鋭だったり、新しい試みや表現であったり、その作家性であったりにまず魅力を感じて、障がいがあったりなかったりというのは、その次のことかなっていう風に思ってます。そうなったときに、やっぱり僕自身の専門的な知識では補えない部分が結構あるんですね。それでエコール神戸の中元さんやワゴムクライミングジム吉川さん、片山工房の川本さんとかにいろいろ助言をいただいたり、一緒に協働することによって、芸法としてできることと、他のみなさんの団体の専門性でできるところをお互いにシェアしながら、補いあいながらやっているのが長田らしいのかなって思ってます。
 
川本: 片山工房というのがどういうところなんだろうっていうのはご説明いただいたんですけれども、私も設立当初からではなく途中から入って、でも、いつも代表の新川が言っているのは、障がいのあるなし関係なく、まず、その人がどういう人なのか。人と人として関わることがすごく大事じゃないかなと。いつも人を軸としてやらなければいけないということは言っていまして、なので、この区域のなかで障がいのある人とアートで活動しているということで場に呼んでいただいていますけど、じゃあ、実際のところ、すごいアート表現をしているのかって言われると、障害福祉サービス事業という制度にのっとっての福祉施設であって、日々、みなさんが日中活動をしてすごす場所としてやっているのが現状で、そのなかで絵が嫌いな人もいらっしゃったり、表現活動が苦手でという人もいらっしゃったりします。でも、やっぱり、描くのは好きだとか、描かずにはいれないという人もおられて、何時間でも描いてる人もいれば、お茶を飲んでスタッフと話をするのが好きなので、話し終えたら「じゃあ帰る」って人もいるなかで、日々をゆっくり過ごしているような活動を続けています。
 
文: いま、川本さんが言われた、人が軸というところは、みなさん共通ですか。小國さんがアーティストというくくりの中で、たまたまその障がいっていうのがその属性…属性というのも変やな、なんて言うんやろ、そういうカテゴライスされている人? うーん、私らも、福角(宣弘)さんとずっとダンスの活動をやってきているのですけれど、もはやダンスの公演にふつうに出演していただいてたりもするので、障がい者…というか、車椅子に乗っているとかってことも目に見えてわかりやすいのもあるんですけれど、障がい者扱いしなきゃいけないっていうところを忘れてしまっていたりすることもあるかもしれないな、とか。何がよくて何がわるいというのでなく、私たちもそういうスタンスで今までやってきたかなと思うんですけど、そもそもみなさんはなぜ、そういう仕事や活動をされているんでしょう。どうですか。
 
吉川: 僕からいいですか。僕は、障がいというものを理解した上で、支援学校に赴任したわけではなかったので、保健体育の教員として赴任して、これから障がいのこともたくさん勉強しないといけないなと一生懸命に教科書を開いたりやってたんですけど、やっぱり現場に入ったときに、すごく彼がいて笑わされたことがあって、もう、すごく面白いことがあったんです。そうなったときに、頭でっかちに障がい者という目で見てたけど、ちょっと待てよとなって。この眼の前にいる彼は、彼女はどんな性格をしているんだろうってところを掘っていくと、彼らが何をしたいんだろう、どういうことが好きで、どういうことが嫌いでってことがわかりよくなってきて。人のことを考えれば、その人の自立…というと語弊がありますね、なにかニーズを汲みとれたり、一緒に楽しいよねって共感できたりするところへの道が近くなるんじゃないかなと思っています。もうちょっとしゃべっていいですか。で、さっきアートと障がいというのを根っこに考えて、その軸が人であるというのは、僕が障がい者の福祉を考えるうえで、テクニカルなところがあるにはあります。けど、今日はそれはざっくり捨てて、人と人の関わりで何を生み出していくか、いい空間をつくっていけるかということを基本にしていけば、もっともっと福祉の道って広がるんじゃないかなって個人的には思っていて。そこで、アートはもともと人と違う表現とか、なにか新しいものが「すごいよね」って共感を生みやすかったりする。簡単にいえば、人と違うことが高評価になる。だから、障がいということも全然そんなん武器にならへんわ、ぐらいの物差しを持っていると思っていて。そこでいろいろな表現が生まれていくと、人のことを考える時間になる、っていうのは、アートとすごく相性がいいんじゃないかな、そういうことを伝えたいと思ったときにはすごく相性がいいんじゃないかなと個人的には思ってたりはします。
 
小國: あ、ちょっと僕の話にはなるんですけれども、僕は家に姉ちゃんが3人いて、そのうちふたりが障がいを持っているんですね。僕自身は豊岡出身で、姉はまだひとり豊岡にいて、もうひとりが実は最近、新長田に引っ越してきたんです。いま、新長田でひとり暮らしをしていて、ただ結構、情緒というか精神的に不安定なときもあるんですけど。僕自身も長田に引っ越してきて5年になるんですけど、このまちで活動しているなかで、偶然な部分もあるかもしれないけど、エコールKOBEさんやWAPコーポレーションのみなさんとか、いろんな協働団体のみなさんとご一緒するなかで、自分のなかで巡りめぐって、もしかしたらこのまちに姉が引っ越してきても生活できるかもなっていうキッカケをもらえたところがあります。僕は自発的に、自分自身で導いて障がいを持っている方とのつきあいを考えたことはそんなにないんですけど、巡りめぐってそういう生活環境であったり、アートを通じて生活環境をどういう風につくっていくかとか、そういうところにも思いを馳せることになって、そしたら、まちをよくしていこうとか、景観をよくしていこうとか、コミュニティをどうつくっていこうとかって風になっていって、じゃあ、アートを媒体として、いろんなコミュニティをつくったり、みんなと一緒に活動できたりというところで、最終的に僕自身のNPOの活動としてはアーティストの支援だけど、すごく個人の部分では姉がこれからどういう風に過ごしていけるのかっていうことの活動でもある気がしていて。そのへんが最近はクリアにつながってきて、それがすごく居心地がいい、というか、長田で活動をして、住むっていう必然性を感じたりはしています。すごく壁がないというのか、そういう意味ですごくいいまちです。
 

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中元: そうですよね。障がいがある人たちって、やっぱり日常生活ではしんどいことがたぶん多いと思うんですよ。そういうところはケアして、そこに思いをはせて、手伝えることはないかっていうのは、日々探しているんだけど、そのアートという土俵に戻ったときには、障がいのあるアーティストにかなわへんなって思っている人とか、僕ももっとすごいものをつくらないと追いつかないというぐらいの感覚でもありますし、僕らも社会生活をしていくなかで、すごく生きづらいことや、すっごい嫌な上司がいたりとか、反りが合わない人がいたりとかで、社会生活に不便を感じることがあるんだけど、やっぱりアートがあることによって、僕も絵を描くことによって発散する、奥さんとケンカしても鬱憤をぜんぶキャンバスにぶつける(笑)、いや、順調ですよ、順調! でも、そういう風に余暇じゃないけど、人生の楽しみとしてアートがある。そこから自己実現があって、個人として認められるっていうのは、一般の人でも障がいがある人でも一緒かなって。なんで新長田でやってるかって言われると、いつの間にかこの土地に吸い寄せられたというのがありますが、なんで出られなくなったかというと…
 
吉川: 出たいんだ(笑)。
 
中元: いや、誰にも呼ばれないですね(笑)。ここに引っ張られるんです。求心力がすごいんですね、このまちは。何かやってる人の求心力が。で、変な人っていうとあれかな、でも、さっきもアートマフィアを見てもらいましたけど、みんなめっちゃ変な人なんですね。個性がすごく強い。そんな人たちが集まって何をするかってなったときに、どっちかっていうと枠からはみ出そうとしてる人というか、枠組みのなかできちっとやろうというのじゃなくて、そこからはみ出してまだどこまで面白いことができるのかっていうときに、障がいのある人も、外国人さんも、高齢者の人もってなる風土というか、気風みたいなのがあって、いつの間にか腐れ縁みたいな感じで、離れられなくなっているというような…僕はそういうようなイメージかな。
 
文: そうですね、私らもみんなこのまち在住だし、結果、離れられなくなっているんですけれども。さっき言わはった、個性が強い人が集まってるというときに、「僕は個性がないねん」「私、一般人なんですけど」って言い方が適切かわからへんけど、そういう人はこの街にいづらいってことですか?
 
中元: 個性が何も気にせずに表出できるという感じじゃないでしょうか。個性のある人はどこにでもいるけど、まあ、どこでもマナーとモラルみたいなのが強くて、じゃあ、このまちにはマナーとモラルがないんかいと言われるとそうではないんですけど(笑)、何も気にせずにワーッとやっても寛容に受け止めて、「おまえ、そんなん好きなんや」くらいのゆるさで受け止めてくれる感が心地いいといえば、心地いいのかもしれないですね。そういう意味でいうと、川本さんは障害福祉サービスのカテゴリーの中での活動じゃないですか。そこから飛び出たいみたいな気持ちはありますか。
 
川本: どうなんですかね。ちょっと…(笑)。
 
中元: ちょっと聞いてみたいなって。
 
吉川: 普通ですって言ってる人がいちばんぶっ飛んでるパターン(笑)?
 
川本: いやいや(笑)。でも、片山工房が長田で活動して、阪神淡路大震災以降から、新川が立ち上げたと聞いているんですけど、そのときに表現活動をしようというのではなくて、まず居場所づくりとかから始めて、福祉施設として就労支援をしないとっていうところがあったみたいですけど、でも、実際に動けるかと言うと、24時間対応が必要で、「体が動かなくて」という方に対して手作業をやりましょうというのもやっぱり難しいとなったときに、まずその方とお仕事としてじゃなく、お話をしてみたと。そうやって話を聞いてみたら、実はそんなに仕事を求めてるんじゃなくて、自分の名前を書いてみたいんだ、体は動かないけど名前を書いてみたいんや、と。「じゃあどうしよう」って、コミュニケーションをとっていくなかで、ギャグを言ったりとか、そこは障がいうんぬんじゃなくて、人と人として関わっているときに、「じゃあ指の間に筆を挟んで書いてみよっか」とか、「絵描いてみたい? じゃあどうやろか」って。いろいろ関わっていくなかで、そんなことができるんだ片山工房というのが、長田にあるんだということで、東灘とか、もっと遠くからも、ちょっとずついろんな方が来られるようになったというのが現状で。そのために初めてひとりで電車に乗ってみたとか、来れるようになったら今度は駅員さんと仲良しになれたとか。乳母車で来ている親御さんから駅が利用しやすくなったとか聞いたりして、そういうところで、ちょっと人情的なものが長田にはあったりするのかなと思いました。
 

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中元: 人情のまちですよね。
 
文: ほんとにこのまち、すごくフラットで。震災後というのもあるし、家の周りはデコボコ道ばっかりですけど、なんか違うんですよね。前に吉川さんに「なんでこのまちにこだわるんですか」という話をしたときにも、ね。
 
吉川: 私も中元さんと同じ事業所、エコールKOBEに勤めているときに、高校を卒業した後なんで18~20くらいの年代の子たちが集まっていて、ただ、社会経験が乏しいので、みんなで外食に行きましょうということで、まちの外食屋さんをネットとかで探して、どこがいいか話し合って、決めて、行くみたいな講義…それも、これからの人生の勉強として行くんですけど。僕らは安全に見守る、一緒についていく側の立場でいろんなところにいままで行ったことがありますけど、三宮とかのすごくお客さんが多い店でも、メニューをじっと見てものすごく迷う方も中にはいらっしゃるんで、迷って迷って、でも、自分で頼むということに重きを置いたときに、やっぱり僕は待ちたいんですね、とことん。「僕はなになにが食べたいです」って注文ができるようになるところまで待ちたいというときに、三宮とかだと周囲の視線が厳しかったりするんですね。「早よして」「後ろ並んでんねん」みたいな空気が、あの、心地悪かったりするところ、新長田のまちでお好み焼き屋さんに行ったときに、すごく印象的だなと思ったのは。おばちゃんがお店の奥の方から「ちょっと待ってね」とか言いながら来て、それでもまだ迷ってたんですね。で、それを察してくれたのか何なのかわかんないけど、「決まったら呼んで」って言われて、その寛容さがすごくありがたかったんですね。怒ってるわけでも何でもないし、普通の雑談というトーンで、「決まったら呼んで」って、すっとそのまま日常が続いてるという。ただそれだけなんですけど。日常を続けてもらえることがすごくありがたい。そういうのがどんどん広がればいいと思っていて。そんな心地いい体験をさせていただいた長田にこだわって活動をしているのは、そういういい思いをたくさんしたからかもなと思っています。
 
文: さっきの小國さんの話も、このまちの寛容性はあるんかなということでしたけど、ただ、その寛容性はどこから出てくるんかなっていうこととか、何がそれを担保するんやろというのも思ったりもしますね。
 

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小國: そうですね。なんというか寛容ともいえるし、いろんな言い換えができる気もするんですけど。話が早いというのか。キレるときはそっこうキレたりもするし(笑)。アトリエコマをつくったときは、天井を落として粉塵がバァッと落ちたりしたら、隣人はすぐに「もう、なんや!」って。でも、迂回するような言い方をせずに、もうダイレクトに言ってくる。向こうがわからないことには「わからない」とはっきり言ってくることに対して、応答しやすかったりとか。その距離感というのかな、僕も文さんと一緒で、駒ヶ林に住んでると、もっと路地が入り組んでいて、狭いスペースじゃないですか。だからこそ、そこでちゃんと譲りあうとか、距離感が近いということは身体的な感覚も近いような感じがしていて。そういう感覚が実は、新長田は優れている気がするんです。その分、お互いのパーソナルスペースというところは、ちゃんと距離感を保つというのと、それを越境してしまったらすぐに異議申し立てする。そのときに、こっちはこっちの生活圏があって、でも、あたなにもあなたの生活圏があるから、そこでお互い折り合いをつけましょうって感じがするんですね。だから、怒るときは、むっちゃ怒ってくる人もいるし(笑)。
 
中元: 路地を見てそんなこと考えてるの? 面白い。
 
小國: 路地はむっちゃ面白いですね。そういうのが日常に垣間見れますよね。
 
中元: まどろっこしさがない。
 
小國: そうですよね。だから、アートをやってると、比喩とか隠喩みたいな表現があるじゃないですか。そういうのをある程度、全部しゃべっても、「なんやそれ? 何になんねん、それ」みたいな。「はい、そうですよねー」って言うて。
 
吉川: ストレート。
 
小國: 「一緒に考えましょか?」「ええわ!」みたいな。
 
中元: まちなかでダンス公演されてるとき、がっつり始まって15分くらい経ってから、「いつ始まるねん!」っていうのも。
 
文: そうそう、ありました。もう始まって、間もなく終わるねんけどって(笑)。第1部もあと5分くらいになってきたんですけど、実はこの4名は今までも一緒に事業連携をして、「下町芸術祭 vol.0」の2015年から一緒にされてますけど、一緒に何かやることって簡単なことであったり、ちょっと考えがズレたらやりにくかったりとか、いろいろあると思うんですけど、今後もいっしょにできる可能性とか、もっとこうなっていったら広がりができるとか、なにかあるでしょうか。
 
小國: 「下町芸術祭」だけじゃなくて、僕自身のプロジェクトでもいろんな形で協働するんですけど、結構、いまの時代だからかわからないですけど、全員が一緒くたに合わさらなくてもいいし、時間軸をちょっとずつズラしていって、それぞれができる専門分野とか、できることを無理なく実践できる場という意味では、「コマハマギャラリー・プロジェクト」って防潮堤を美装化する計画では、はじめ防潮堤をきれいにするのはアンコラージュさん(※新長田にある福祉事業型の職業訓練校)がやって、その拭き掃除や塗装はエコールKOBEさんがやってくれていて、本番はそれぞれに何となく顔が見える範囲で、でも、お互いそんなに干渉しあわずに、横でみんなが何かやっている風という…その、みんな一緒にがんばろう! という感じがあんまない。個々で違うことをやっているというでもなく、それぞれやってるけど、あとで完成したものを見たら、こういう作品をつくってたんだなみたいな。直接的なコミュニケーションをはからなくても、作品が物語ってくれたり、作品がお互いを証明してくれたりして、その近づきすぎない関係での協働というのが、長田っぽいというのか、僕はすごくいいなと思ってます。
 
中元: そうっすね、いま、障がいのある人の就労を考えなきゃいけなくて、知的障がいとか発達障がいの人が就職するために実習や体験とかに行かせてもらうんですけど、この子はコミュニケーションが難しいけど、整理整頓させるとすごくきっちりできますというような、分業の一部分を小國さんからもらって、やらせてもらえると、障がいのある人たちもそれだけやれて、褒められる、社会と関われるというのは、すごくありがたいので、だから、障がいのある人と健常者をつないでくれるコーディネーターやアテンドしてくれる人がすごく貴重だなと思います。僕も、アトリエコマで片山工房さんを一度呼んで、展示をやってもらったんですけど、呼んでおいてあまり感想を聞いてなかったなと思って(笑)。あれ、どうでした?
 
川本: むちゃくちゃよかったです。片山工房は福祉施設なので、外部の人が来てくれるとすごくありがたいなと。初めて「下町芸術祭」に参加するときに、中元さん、吉川さん、小國さんとお会いして、そのイベントの内容というよりは、みなさんのお人柄で、この人たちと一緒にやったら面白いことができそうというのが、片山工房として会議をした部分で。そういうみなさん、人たちが長田にいてくれるっていうだけで、それはすごく心強いなと思っています。
 
吉川: 僕は、何かこれということがあったときに、これはあの人得意そうやな、ちょっと手伝ってもらおうとか、そういうことがお互いにできる関係性というのがすごく助かるなと思っていて。自分の会社だけでいろんなジャンルの人たちに声をかけてできるだけでもないので、「うちのロゴ考えたいから、ちょっと中元ちゃん考えてよ」とか、「角野さん、クライミングジムの設計、この部分だけお願いします」とか、「アグロガーデンさん、ちょっと資材の調達させてください」とか。そういう関係性のなかに、障がいがある人たちが一緒に動けて楽しめるポイントって、ものすごくたくさんある。ここはあいつでいけるなとか、あの子に任せようってできるのがすごくいいと思うので、これからもどんどん新しい人が入ってきて、新たなプロジェクトができていくんじゃないかと。このウネッている感じがすごく楽しみですよね。
 

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小國: あともうひと言だけ。吉川さんがおっしゃってるように、すべて人がいて、企画があって人が集まるというよりは、人が集まって人となりがわかって、じゃあ、こんな企画やろうか、みたいな順序かなっていう感じがしました。
 
中元: 障がい者も健常者と呼ばれる人も。人が軸ていうね。
 
小國: そうですよね。
 
吉川: 片山さんの言う、人が軸で。
 
中元: それで全部いけるね。
 
文: はい、ありがとうございました。この指とまれ、ということで、まだまだ参加者というか、いろんな風に関わってくれる人を募集中ということで、また、みなさんと考えていけたらいいなと思います。どうもありがとうございました。
 
 


 
 

PROFILE


大阪生まれ、長田区在住。DANCE BOX事務局長。約20年にわたりコンテンポラリーダンス事業を手掛けるほか、障がいのある人との「循環プロジェクト」(2007年~)や小学校への出前プログラムなど、ダンスと身体、表現と社会、人と地域と劇場が拡がり繋がる現場を(たぶん)考え続けている。ダンサーでもある。
 
中元俊介
1986年生まれ、画家・芸術家。「山と鉱山の芸術祭」(2018年)や「下町芸術祭」(2015年)などに出展。普段は福祉事業型「専攻科」エコールKOBE副学園長。障害のある青年たちに自由を教えている。古民家を改修して作られたアトリエ、Atelie KOMAの管理運営係としてアートマフィアに関わっている。
 
吉川史浩
WAGOMU Climbing Gym 代表。ボルダリングジムを経営。「Outdoor for ALL」を提唱し、障害のあるなしに関わらず、アウトドア活動ダイナミックに遊ぶことを提案。TMCA近畿中国代表。
 
川本尚美
特定非営利活動法人100年福祉会・片山工房スタッフ兼アートディレクター。神戸市長田区生まれ。芸大卒、写真家。障害のある方と寄り添いながら、人の創作物と背景に惹かれ、「ひと」とは何かを考えながら、暮らしを紡ぐ。工房を通して日々の大切な場を歩んでいる。
 
小國陽佑
1984年、兵庫県豊岡市生まれ。長田区在住。NPO法人芸法として長田区駒ヶ林町に拠点を移し、地域に根ざした様々な社会活動を通じて若手アーティストの育成・支援を行う。地域での取り組みとして、「下町芸術祭」の企画、まちなか防災空地や駐輪場・防潮堤の整備事業、空き家のリノベーションと展示プログラム、コミュニティプログラムなど。

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こんにちは、共生社会とは

障がいの有無、経済環境や家庭環境、国籍、性別など、一人一人の差異を優劣という物差しではなく独自性ととらえ、幾重にも循環していく関係性を生み出すことを目的としたプロジェクトです。2019年に神戸市長田区で劇場を運営するNPO法人DANCE BOXにより始動しました。舞台芸術を軸に、誰もが豊かに暮らし、芸術文化を楽しみ、表現に向かい合うことのできる社会をめざす、多角的な芸術文化創造活動です。

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